上杉謙信と言えば越後の龍と恐れられ、武田信玄の生涯のライバルだが、その謙信が実は女性だったという説がある。
まず謙信の死因が大虫であると書かれている書物がある。大虫とは昔の言葉で婦人病のことだ。また、毎月10日前後に腹痛で合戦を取り止めることがあったという。これが生理痛ではないかと考えられる。
そして生涯伴侶を持たなかった。ただ仏門に帰依していたという事情もあるので、どちらとも言えない。
次に当時謙信を讃えた民衆の唄に「男もおよばぬ大力無双」という一節がある。謙信が男なら「男もおよばぬ」はおかしい。
ところで上杉家と言えば謙信の代から佐渡の金山を開発して、そこから収益を得ていたのだが、上杉景勝の代に当時無敵艦隊を誇っていたスペインが、日本に黄金の調査で人材を派遣していた。その報告書には「上杉景勝は彼の伯母が開発した金山から金を取っている」という記述がある。はっきりと女性と書かれてあるのだ。ただTia(伯母)とTio(伯父)の一字違いなので綴りを間違えた可能性もある。
最後に上杉謙信には髭の生えた姿の肖像画がよく見られるが、これは謙信死後の想像で描かれたものが多い。しかし、初期のころの謙信の肖像画には髭が描かれていない。当時の武将は髭が生えてあるのが普通で、生えていない武将は付け髭までしたそうだ。だが謙信が自らの風貌に悩んだという伝えはない。
このようにいくつかの状況証拠があるのだが、当時女性の武将がそれほど珍しいことではなかったということと、当時の上杉家の状況を考えると無理にでも謙信を男性化しなくてはいけなかったとも考えられる。
もちろん反論も多くあってどちらとも言えないのだが、こういった別の視点から見られるところも歴史の面白さだと思う。
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